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新上海の風:第五回
  上海のフランス人

 今年の1月から3月までの予定で、僕は香港にいるのだが、今日(3月7日)はたまたま、上海に一日だけ出張してきた。日系企業のお客さんに会うためだったが、上海のワイアットのオフィスに顔をだすと、台湾人のボスが、「昼あいているか」という。午後2時半から約束があるけどというと、「じゃあ、プトンのノボテル・ホテルまで一緒にいこう。時間がきたら中座していいから」という。午前11時45分、ワイアットの上海の若い女性のリーダー二人と、北京からきている若い男のリーダー一人と、とボスと僕の5人で、ボスの車(トヨタ)に乗り込んだ。昔中東にいたとき、乗り合いタクシーのことを、地元で「パッセンジャー」とよんでいて、いつもぎゅうぎゅう詰めだったのを思い出した。幸い、20分でそのホテルに到着した(若い中国人女性とぴったりくっついて座るのだから別に損した気分はなかった)。
  昼食の相手は、フランス人の学者だ。彼は、私の会社のアジア・パシフィックのトップの女性が、台湾人のボスに紹介した人で、北京の清華大学で教えていたことがあるらしい。ちょうど、北京からきた若いリーダーは、その大学出身で、彼の記憶によると、そのフランス人の評判はあまりよくなくて、英語でいえばcrookだという(私が中国語でなんと言うのかときくと、4人が声をそろえて、「ピエンレン(騙人)」。
  ともかく会ってみたが、crook という予想に反して(いやcrookかもしれないが)、非常に面白い人物だった。
  まず、食堂のテーブルの前に、みなが立ったまま、握手したり名刺交換して、自己紹介していると、「じゃあ、午前中、講演したときにあった、ある中国人をお前たちに紹介するよ。彼と話があうはずだ」といって、レストランから姿を消す。われわれ5人がきょとんとして、席につくと、料理が運ばれはじめた。しばらくして、中国人と一緒に戻ってきた。連れてきた中国人は、中国の商務省に附属した研究所で、グローバルな組織について研究している人物であった。50代で、すごくアタマのきれそうなやつだ。中国語で紹介がはじまり、僕は、半分くらいしかわからないが、グローバルな組織について、共同リサーチでもやろうかという話のようだった。フランス人は、中国語でわってはいっていて、かなりひどい発音だが一応通じているし、僕よりは、中国語を理解できているふうだった。フランス人に対する僕の評価が上がり始める。
  その後、中国人は、立ち去り、われわれ5人とフランス人で食事をはじめた。お互いに何をやっているかを紹介して、なにか一緒にできないかさぐりあうのが、目的のランチだ。
  フランス人というとおしゃれで粋というのが、ステレオタイプだが、このフランス人はかなり粗雑で、たくましい感じだ。食事しながら話している間も、しょっちゅう、携帯に電話がかかってきて、われわれとの話そっちのけで、中国語で何やら話している。
  次第に、このフランス人はただものではないことがわかってきた。
  フランス人のおばあさんは、中国共産党と関係していて、ずっと中国にいたらしい。そのよしみで、彼も中国にくることになったのだろうか。彼自身は、英国のオックスフォード大学で、国営企業が民営化することをテーマとして研究している学者だ(regulationの専門家といっていたが、多分、規制緩和とかそういうのを研究しているのだ)。そして彼の研究の成果を東欧でいろいろ試したようだ。その知識を中国にもちこみ、中国政府のトップに食い込んだらしい。たとえば、著名な前の首相の、朱容基とも知り合いのようだ。朱の紹介で、清華大学で教えることになったそうだ。でも、清華大学は、教える方に偏りすぎていて、専門的な研究が弱いことがわかり、人民大学に移ったそうだ。
  いずれにせよ、自慢話とはいえ、彼は、中国の要人たちにうまくくいこんでいる様子が伺われた。彼の専門性(規制緩和、民営化など)をうまく使ったのだが、かざりっけながなく、すぐに、中心部分に話をすすめるある種のひとなつっこさと、回転のよさが、中国人にも受けているのだろう。人のネットワークをつくることにたけている。アタマもよさそうだ。彼は、香港にコンサルティング会社ももっている。香港にいる欧米の外資系が中国に進出するときの各種コンサルティングを行う。中国側は、外資をうまくつかって経済発展をかんがえているから、外資を紹介することで、彼の中国政府とのコネクションはさらに強まる。それが、また、外資系にとっての彼の魅力を高める。そういう関係づくりの中心に彼がいることで、中身の情報も彼に集まるようにできている。中国進出へのアドバイスのほか、M&Aの話や、リーダー開発とか研修などもてがけている。また、しょっちゅう、中国の政府要人やビジネスの大物を、欧州や米国に案内しているようだ。
  多分、彼の価値を具体的に示すためだろうか。われわれが、どういう顧客をターゲットにしているかなど質問してきて、それに答えていると、「もし、その業界をねらうのなら、A,B,Cをせめろ」と企業名をあげて教えてくれる。また、他にも、特にプロジェクトをとりたい企業があるか、たとえば、金融ではどうか、などある産業を特定して、きいてくる。そうすると、私の同僚の中国人女性の28歳のカリーが、ペンをとりだして、5つの企業名をかいて、彼に渡す。すると、フランス人が企業名をひとつずつチェックして、いま、どこまで売り込みがすすんでいるかなどときいていく(ちなみに、ほとんどの会話は英語ですすめた。フランス人の割には英語がうまい)。そして、フランス人はコメントして、「コンサルティング会社の提案の内容は大同小異だとわかっている。結局、コネクションがものをいう。」フランス人が、中国人に対して、コネクション(関係、クワンシ)が重要だと説くのは、ちょっと奇妙だ。もっともわれわれの間では、コネクションオンリーだった中国は変わりつつあり、中身で勝負と話しているのだが。
  さて、知的な部分と、関係づくりの部分と、国際的な部分とがまじりあった、この男に、僕はかなり興味をもった。残念ながら、話の途中で、僕の携帯がなって、中座せざるを得なくなったが、今度、北京にいったときにゆっくりつかまえてみたい。



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